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母への思い

ここ1~2年、母の意識の衰えが目立って来ています。
父が生きていた頃、自分は父の看病が役目とばかり、身の回りの世話は殆ど母がやっていました。
でも、一昨年から比べてみると、父の着ている服がいつも同じだったり、洗濯の時に一緒に洗うからか、夫の下着が著しくなくなり、反対に父のタンスの中が込み入って来たりということが目立ちました。
気がついてはいたものの、取り立てて重大なことでもなし、私も見て見ぬ振りをしていたわけです。

父が亡くなり、身の回りやタンスの整理などをしていると、夫の下着から靴下から、出てくるわ出てくるわ。
「これ夫のだよ」と言っても、頑固な母は「違うよ、お父さんのだ」の一点張り。
これも今となってはどっちでもいいことなので「じゃもらっておくよ」と持って来ちゃいます。

出来るだけ波風たてないで、母の思う通りの事をさせています。

今日は私が午前中から出かけたので、ちょっとした買い物を済ませてお昼過ぎに戻りました。
パンがないのでコンビニで買って来たのですが、母も私の留守中に散歩がてら買って来たとか。
お互いに一言伝え合えば済む事ですし、パン2斤などすぐに食べてしまうので「あららぁ~(笑)」でおしまい。
でも、私の中では、結構フラストレーション溜まってしまうのも事実です。

母は今まで、父の事で一生懸命でした。
終末末期では、父との会話も鬼気迫るものがあり、それもこれも、父が頻繁に手を煩わせる事を訴えてきていたので相当苛立っていたのではないかと思います。
今では全てが解放され、寂しさというよりも安堵感でいっぱいなのだと思うのです。
自分の体だって、若い頃と違い、いろいろともどかしさもあるでしょうし、疲れている時もあったでしょう。
それでも世話をしなければならないというのは、端で見ているより相当大変なことだったと思います。

母は父が死んでしまった事について一言も言いません。勝ち気な性格が言わせないのでしょう。
でも、その強さがあったからこそ、あの大変な終末期を父に寄り添っていけたのだと思います。
私なんか、夫と話をしているとしょっちゅうメソメソしてしまうのに、母には語る相手がいないのですから可哀想です。
私が話し相手になってあげられればいのですけど、母は耳が遠く、補聴器をつけようとしないので私には苦痛です。私は持病のせいか大声を出す事ができません。

そんな事で益々孤立してしまうというのも事実です。それがよけいにいけないことなのでしょう。
時々他人行儀な態度をとることもあり、夫がかなり心配しています。
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テーマ : 心のつぶやき
ジャンル : 心と身体

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kawasemi

Author:kawasemi
父の看病をするようになってやっと一人前の大人になったような、天然炸裂、本当に暢気なkawasemiです。
父は2011年1月24日に亡くなり、今は母を見守りながら夫と3人暮らしです。
  
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