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私は両親の老いを認めることが出来たのか

今日は昨日の続きです。

家に帰って訪問看護の様子を聞きに、両親の部屋に行きました。
すると父は少し興奮した様子で「あの看護師さんはよくやってくれるねぇ~!」と喜んでおります。3日目に突入した便秘でしたが、何と!看護師さんに摘便してもらったというのです。

私としてはものすっごくショックでした。
父が摘便をしてもらったという事もショックですが、何より、父がそれによって便秘が治って喜んでいるということです。
もう父には恥じらいとか、プライドとかは残ってないのでしょうか?そこまで老いてしまったということなのでしょうか?

難しいことになるとさっぱり理解が出来なくなってしまった両親。
脳も身体も確実に老いてきて、あらゆる事に人を頼らなければならなくなってしまった両親。

頭では私も理解し認めてはいるのですが、一つ一つの現実にぶち当たるたびにショックを受け、戸惑い、苛立ってしまいます。
この先ずっと心の整理が出来ないまま両親と生活を続けるということは、私自身も要領も得ないし、とても非能率的です。そしてそのことがかえって私の心を蝕んでいくように思えてならないこの頃なのです。

静かに考えてみると、私だけが一人、大人になりきっていないということではないでしょうか?
もっと冷静な目を養い、距離をもって両親に接することが、お互いの平和へと繋がるような気がします。
苛立った私には、両親も話しかけにくいでしょう。私の気を使いながらの生活では可哀そう過ぎます。
でも、どうしたらいいのか、今の私にはその方法が見当たりません。。。

今日私は父の睡眠薬(エバミール)が足りなくなったので、一人病院にとりにいくことにしました。
月曜日は腎臓の超音波検査で病院に行くので、その時にとってくればいいのですが、日曜日の夜分だけが足りないのです。
普通ならたった一晩のことですから、私でも母でも持っているハルシオンなどで代用してしまえるのかもしれません。でも、父の場合、急に違った薬を飲むのは恐ろしいことです。
早くから分かっていたのを、伸ばし伸ばしにしていた私が悪いのです。
すっかり諦めて、大人しく病院に行ったのでした。
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テーマ : 疲れた心
ジャンル : 心と身体

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kawasemi

Author:kawasemi
父の看病をするようになってやっと一人前の大人になったような、天然炸裂、本当に暢気なkawasemiです。
父は2011年1月24日に亡くなり、今は母を見守りながら夫と3人暮らしです。
  
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