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父の妻

ここで言う“妻”は、私の母のことです。
父にとって私の母は、自分の妻であるとともに、自分の母親的な存在でもあるようです。
何か体調に異変があるとすぐに「お母さん、おかあさん」と呼び、母は何もすることが出来ないのを百も承知で呼んでいます。私を呼ぶ中継地点と思っているのでしょうか?それとも、母に訴えることで、精神的負担を軽くしようと思っているのでしょうか?

父の会話の中には、学校では習わないような難しい単語をよく使います。母には通じません。
すると父は、噛み砕いて本当に分かりやすく言葉の説明をします。母は素直に聞いています。
その光景はとても自然で嫌味がなく、微笑ましいほどです。
ま、私としては、こういう高度な知識を持って会話をするのだから、自分の体調不良にも常識をもった判断が出来ないのかと、多少腹立たしさも感じてしまうのですが…。

さて、次は母ですが、母は父を、まるで自分の子供のように思っている節があります。
何かを決めるとき、ちょっとでも父が迷いを見せると「それはこうでしょ!」と、母親が子供に言って聞かせるような口調で言います。素直な父は「あ、そうだね」とそのまま従います。

何か食べ物をあげるとき、母は父に一番よいところを一番多くあげるように感じます。
また自分の世界は父に尽くすことで出来上がっていると思っているようです。

嘗て私は、母はもっと自分と言うものを持っている人だと思っていました。何事にも厳しい人で、家の中をしっかりと取り仕切っていました。
勿論仲良く二人で旅行などはしたことがありません。旅行はいつも父が中心です。私は娘と二人で旅行もしますし、初めての海外旅行は下の娘と一緒でした。
夜遅くまで、母と二人で話しこむなんてこともありませんでした。
一緒に映画を見たこともないし、小さい頃の思い出は、何事にもいつも私のやることを反対し、叱られている思い出ばかりです。私の母というよりは、“父の妻”という立場を最優先していたように思うのです。

若い頃は、きっと一生懸命だったのでしょう。
今では私の意見を最重要視して、何でも私の言うことは聞いてくれます。すっかり可愛いおばあちゃんになってしまいました。

私は母に、残された余生を楽しんでもらいたいと思うのです。父の妻としてではなく、一人の人間として、そして母親として。

一緒にお買い物にいくのもいいでしょう。その出先で、美味しいものを食べたり飲んだり。いろんなことを二人で経験したいと思うのです。
私は母親として思う存分楽しんでいます。娘二人とは旅行だけでなく、お買い物にも行くし観劇も一緒です。結果はたかられるのがオチですが!

明日から父はリハビリを再開します。朝出掛けて3時半過ぎまでは母はフリーです。
いっぱいいろんなことを計画しようと思っています。

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テーマ : 楽しく生きる
ジャンル : ライフ

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kawasemi

Author:kawasemi
父の看病をするようになってやっと一人前の大人になったような、天然炸裂、本当に暢気なkawasemiです。
父は2011年1月24日に亡くなり、今は母を見守りながら夫と3人暮らしです。
  
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