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世話をするということ

1日の月曜日は、遠い親戚に不幸があり葬儀に参列してきました。
91歳の方で、2年ほど病に伏して、年の離れた奥様が全ての面倒をみてこられたそうです。
東京郊外に住んでいて、都心の病院まで往復タクシーを使い、介護から家事から一切を奥様はたった一人でやってこられたのです。
迷いもあったでしょうし、逃げ出したくなったときもあったことでしょう。でも、親戚の誰一人にも愚痴を言うこともなく、ただ一人で面倒を診てこられた。
これは一言では言い尽くせぬものです。

聖公会というキリスト教の葬儀でした。
奥様が最後に挨拶をされたのですが、その話を聞きながら、私はふっと思いました。
年寄りの面倒をみるということは、面倒をみる人がひょっとしたら試されているのではないか?と…。

年をとれば誰も皆同じようになっていくようです。自分本位で他人を思いやるゆとりもなく、お世話してくれる人をただ振り回します。嘘もつきます。約束も破ります。
でもそれは全て、自分が思うようにならないから。身体も自由に動かせなくなり、判断能力も若い頃に比べると数段衰えます。他人からの反応を見て、自分が一人前の大人としての能力に欠けてきていることを思い知らされるのでしょう。
歩くのが遅くなったから、階段の昇り降りが一人では危なくなったから、お風呂も一人で入れなくなったから、そのほかいろいろ、いろいろ。。。
でも、一人の人間です。ガッカリすることが多くなったから、傷つくことが多くなったから、自分を守るために嘘をつき、約束を破り、我侭になり、他人を思いやらなくなるのです。そしてプライドも若い頃以上に高くなってしまうのです。しかたのないことです。

そういったことに私達がいかに対応するか。これは人それぞれでしょう。
だからこそ余計に、そういう状態の中で、いかに忍耐強いか、いかに温和でいられるかが試されるのではないでしょうか?

そんな事を考えたら、今まで鬱積していたものがガタガタと崩れ落ち、自分のための介護なのかもしれないと思えてきました。
自分のためと言うのは、とりもなおさず自分の精神の修行とでも言えるかも知れません。
両親のための介護ではない、自分のために両親の介護をする。。。

この仕事は、通常の仕事以上に一つ一つ丁寧に、丁寧にこなしていかなければなりません。とても疲れて、とても苛々して、とてものんびりとしています。
いつもなら、時計との睨めっこの生活でも、時が止まったかのような過ごし方を強いられ、1分が何時間にもかんじられるような忍耐と持久力を必要とします。
でもこれは、自分のためなのです…。。。

そんな事を思った日、丁度同じような境遇にある友達から、同じような事を書いたメールをもらったのでした。
ひょっとしたら試されてるのかもと…。

彼女は前から思っていたらしいのですが、私が思ったのは今回が初めて。
私の両親の世話は、実は、今始まったのかもしれません。
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テーマ : 病気と付き合いながらの生活
ジャンル : 心と身体

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kawasemi

Author:kawasemi
父の看病をするようになってやっと一人前の大人になったような、天然炸裂、本当に暢気なkawasemiです。
父は2011年1月24日に亡くなり、今は母を見守りながら夫と3人暮らしです。
  
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