スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

思い出

久々に書いてみます。
考えてみると、もう1年近く更新していません。
震災があり、おろおろしているうちに通り過ぎていった2011年。
父が亡くなり、今年はなんかいつもと違う年になりそうな予感は、悪夢の予感だったのでしょうか?

先月1月14日に、近所に住む親戚と家族だけでミサをあげ、父の1年際(一周忌法要)を執り行いました。

1年経ってしまった。もう?という気持ちと、まだ?という気持ちと。
もう父はいないんだという感覚は、時としてハッとしてみたり、墓に行けば会えるような気になってみたり。
もっと沢山話をしたかったとは思うのだけど、当時の状況としては、すでに父が身体的に受け付けられない状態だったのだからしょうがなかったんだ、あれでよかったんだと、自分で自分を納得させています。

ただ…。
便秘に苦しんでいた時に、薬による緩和ばかりを考えず、ベッドに横にしたあとで、お腹のマッサージでもしてあげればよかったと、これだけは悔やむばかりです。
最後の入院で、病院の入り口について、一言二言交わした会話は、私の頭の中で、まるで昨日の出来事のように張り付いて離れません。
そんなしょうもないことばかりを、最近では考えています。

母は元気で、この寒い冬、乾燥にみんながヒーヒーいっているなかでも元気です。
朝は早くから起きて、最初に洗濯機を回し、終われば凍てつく中できちんと干しています。
洗濯だけは任せようと思っていたのですが、さすがにこの寒さ。
「私がやるからいいのよ」と今更言っても聞きやしません。
昔気質と、何十年とやり通した主婦業で、これだけはと彼女も思っているらしいのです。
私も助かるし、これがお互いの平和なのだと割り切って、すっかりお願いしちゃってます。
ダメでしょうか?やっぱり私がやるべきでしょうかね?

たとえ実母といえ、同じ家に80も半ばを過ぎた老人と一緒に暮らすのは、ストレスがあるものです。
でも、風邪一つ引かず、元気にいてくれることは、最大の子孝行。
イライラしたときも、そんな事を考えるだけで、母を愛おしく思えてくるものです。
スポンサーサイト

月命日

今日は父の月命日。これから花でも買ってこようと思っています。
夕飯には、父の好物でもつくってあげようかしら。。。

慌ただしく過ぎた1か月です。記憶が疎らで、悪い事に明日やらなければならない事も瞬時に思い出せない。
手帳は絶対必需品となってしまいました。

今日は久々に父の遺品を整理。書類箱から古い保険証券を見つけました。
今までもいくつかあって、古いものは解約したものが殆ど。ま、年が年だし、古くて当たり前なのですが、何も解約した証書までとっておくことないのにと苦笑いです。
今日見つけたのは簡易保険。電話して聞いてみると終身保険で保険金は来年4月まで完納されていると。
なんだか悲しいやら可笑しいやら、
恐らく父は、自分で整理しているうちに、解約したものや継続してあるのが分からなくなってしまったのでしょう。
ともあれ、週明けには手続きに来てもらう事にしました。
こういうこともあろうかと、沢山もらっておいた戸籍謄本が足りなくなりそうです。

さて、母の事。
先日私と二人で歯医者さんに行きました。
何十年ぶりで行った歯医者さんで、若い男の先生や歯科技師さんと話をしたかと思うと、いきなり型取りをしたりですっかり舞い上がってしまったようです。
若い人の口調は早口で、耳の遠い母は、きっと緊張しまくってしまったのでしょう。
全て終わり家についた途端に、後期高齢者保険者証と診察券を入れたファイルがなくなったと騒ぎだしました。
私が持っているとおもったと。。。

それからが大変です。私は再び歯医者に行き、忘れていないか聞きながら、母と歩いた道をくまなく探してきました。
結果は何処にも見当たらず。
夕飯の支度もあるし犬も散歩をさせたいのに、やること盛りだくさんなのに・・・。
でも、ここで怒らずに、一緒になって大慌てをしながら探してあげなくてはいけません。
寄り添い生きるということはそういうことなのだと思うのです。
怒ったところで保険証が見つかるわけでもなく。。。

結局何処を探しても見つからず、翌日(実際には昨日)市役所に再交付の手続きをし、警察署では紛失届を出してきました。
母はすっかり落ち込んでしまい「私もとうとうダメになってきた」と今にも泣き出しそうです。
大丈夫。私がしっかり寄り添っていくから。

夕飯のとき、父の納骨が終わったら温泉でも行く?と聞いてみました。
喜んで「行きたい!」と。
僅かではあるけど簡保もおりることだし、ゆっくりしてこようね!

父の時の失敗を絶対にしないと、父の月命日に覚悟の再確認ができました。

テーマ : 感謝をこめて
ジャンル : 心と身体

4週間

昨日は何と言う事もないのに、1日物思いにふける1日でした。
というのも、4週間前の月曜日早朝、父は旅立ったのです。
明後日24日は月命日です。
あっという間の4週間でした。

だんだん家の中での父の面影は薄れていきます。
でもその分、思い出としての父が心の中に根付いていきます。

葬儀が終わりほっとした時に、出来る事なら、何とか時間を戻せないのかという感情が心を満たしました。
出来るなら、父の入院前まで時間が戻れないのか?・・・今なら、それが出来るんじゃないだろうかと、妙な気持ちになったものです。
そんなできもしない事を願う気持ちがだんだん薄れて来たということなのでしょう。

ああすればよかった、こうしてあげられなかったというマイナス思考からくる悲しみよりも、明るく笑っている父の笑顔を思い出して涙ぐむというように変わりつつあるのです。


母は私にベッタリと張り付いています。
出かけようとすると「どこに行くの?」「何時に帰るの?」と。一緒に行けるところなら一緒に行きたいと思っているようです。
私もそんな母の気持ちがわかるので、買い物や犬の散歩などには極力誘って一緒に出かけます。

別に何を話すという事もありません。黙々と歩いている時もあれば、ご近所さんと挨拶をしている時もあればという感じです。一人にしない、ならないということが、今の母には必要なのだと思います。

母と出かけるという意味もあって、今までは行っていなかった毎日曜日のミサにも出かけます。
夫と3人で行くのですが、最近では教会にも慣れて来たのか、まごつく事も少なくなってきました。
他の方達も母に声をかけて下さり、挨拶だけでも家族以外の人と交流するというのは、きっといい刺激になっているはずです。

今日はこれから一緒に歯医者に出かけます。
私の歯のメンテナンスも兼ねているのですが、総入れ歯な母は、何と何十年とメンテナンスしていないということでした。この際入れ歯の交換もしてもらいます。
何十年も同じ入れ歯を使っていたなんて、とても信じられませんでした。昔の人はそういうものだったのでしょうか?

街に出れば、売っているものもすでに春先のものです。そろそろ母の春先の服も買ってあげようと思います。
毎日のお風呂でも、曜日を決めて洗髪を手伝って清潔にして、部屋も父の部屋に移ってもらって日光の溢れる生活をしてもらい、徐々にではありますが、母のQOLも高めていこうかと思っています。

テーマ : ひとりごと
ジャンル : 心と身体

手続き

父の諸々のお役所での手続きが、今日終わりました。
一つ一つの手続きの理由欄に『死亡』という文字が書かれてあり、死んだんだなという独特の感慨がありました。
遺族年金の手続きも終わったので、父が一番心配していた母のこれからの生活も、これで万端整った訳です。

書類の整理をしていて、生前几帳面だった父が老いて病気も悪化し、混乱する中で必死に書類の整理をしていたのが手に取るように分かります。集中力も衰え、身体的にもきつくなっていったであろう中、自分の死と向き合いながら書類を整理する。
どんな気持ちだったことでしょう。私などには伺い知ることはできません。
油断していると涙がこぼれます。
私はそんな父の気持ちを汲んではあげられなかったばかりか、何も考えていないなどこの日記に愚痴ったりしていたのです。何と愚かなことか。。。

母は、私が役所などに出向き留守をしている間、知り合いに電話をかけ、父の死を知らせているようです。
昔の私の生徒さんにまでかけているようで、帰ると「○○さんが先生の宜しくってよ」などと言います。
きっと寂しいのでしょう。

でも、今ではお付き合いがなくなってしまった生徒さん宅にまで電話をかけるのはいかがなものかと…。
出来るだけ優しい言葉で嗜めるしかありません。

一応、急いでしなければならない事は今日終わりました。
明日は少しゆっくりとして、母と散歩や買い物でも行こうかと思っています。

父が亡くなって初めて、年老いた親への孝行というのがどういうものなのかを悟りました。
それは『老いを認める』ということではなく、更にもっと入り込み『しっかり寄り添う』ということ。
歩調を合わせて、一緒に歩くということです。
実際にその通りにできるかどうかは、これからの私の頑張りに掛かってくるのですが、正直あまり自信がありません。とても難しい・・・。
日常生活の中では、生活のテンポがまるで違うのです。
私だって体調の悪いときもあれば、気分の落ち込んでいる時だってある。

でも、父に約束したのです。
日々忘れる事なく、頑張るしかありません。

テーマ : 感謝をこめて
ジャンル : 心と身体

後処理

昨日は父の初七日でした。
前日から長女が泊まりにきて、朝家族で教会に。
ミサ後、食事をして解散でした。

毎日父の遺影を見ては、悔いばかり。
日記を見直しても、いかにダメな娘だったことか。
もっと細やかに父の様子を見てあげられなかったのか?
もっと勉強をして、病状を確認できなかったのか?
あのとき、入院させなければ、ひょっとしたらまだ生きていたのではないか?
まだまだあります。
考えているとキリがありません。

父の老いを日々見つめながら、私はそれを認めたくなかった。
私は元々ファザコン娘なのです。父がずっと大好きでした。
結婚するときは『父のような優しい人』というのが理想でしたから。

昔まだ小さかった頃、私はしょっちゅう熱を出しては学校を休んでいました。
ところが父が違う。38度近く熱を出しても、父はちゃんと仕事に出かけます。
どうしてそんな事が出来るの?と父に聞くと「お父ちゃんは大人だからだよ。○子も大人になったら頑張ればいい。今は子供だからちゃんと寝ているんだよ」とよく言っていたものです。
この言葉は、私がまだ仕事をしていた頃の大きな大きな支えでした。何日も続く徹夜仕事で、心身共に疲れきってしまった時、ふとこの言葉を思い出すのです。

今週からは、役所や銀行の手続きでハチャメチャです。
何にもしていないように思えたけど、生命保険から銀行の通帳から見てみると、いろんな事を考えて後々困らないようにきちんと済ませていたことが分かります。
父の歴史を垣間みる思いでした。

罪滅ぼしにはならないけれど、感謝の気持ちを込めて、丁寧にきちんと後処理をしなければなりません。

テーマ : 心のつぶやき
ジャンル : 心と身体

プロフィール

kawasemi

Author:kawasemi
父の看病をするようになってやっと一人前の大人になったような、天然炸裂、本当に暢気なkawasemiです。
父は2011年1月24日に亡くなり、今は母を見守りながら夫と3人暮らしです。
  
にほんブログ村 家族ブログへ
にほんブログ村

カレンダー
05 | 2017/06 | 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -
最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
最新コメント
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
検索フォーム
リンク
QRコード
QRコード
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

RSSリンクの表示
最新トラックバック
興味津々
無添加化粧品の美杏香 アフィリエイト・SEO対策
     
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。